『メキシカン・スーツケース』を観ました その3

ms_sub3(c)212 Berlin Mallerich Films©212 Berlin Mallerich Films

複雑な問題に挑戦する情熱

戦場写真で一躍世界的名声を得た写真家、ロバート・キャパ。大女優イングリット・バーグマンとも浮き名を流したことでも知られる、この「全方位的ナイスガイ」について、映画『メキシカン・スーツケース』では新たな証言も飛び出します。そのひとつが、彼は暗室作業をしなかったという証言です。前線でシャッターを押し続けるキャパに対し、パリのスタジオの暗室に隠りフィルム現像をまかされていたのは暗室助手、チーキでした。歴史的資料ともなる今回のネガの救出劇は、影の補佐役チーキの、まさに暗室工作。チーキなくしてはありえなかった快挙でした。フランコ軍が勝利し、スペインは独裁政権となり、ヨーロッパ全体にはナチスの嵐。チーキは、スペイン内戦の貴重な資料であるネガの危険を感じ、海外への持ち出しを図ったのです。

そしてこのネガの発見にも一役買ったのが、メキシコ在住の監督トリーシャ・ジフです。アイルランド出身、スペイン内戦亡命者1世の元パートナーとの間に一子を授かるシングルマザー。彼女は、ロバート・キャパ、ゲルダ・タロー、デビッド・シーモアのモノクロ写真といまに生きる人々のカラー証言ビデオだけでドキュメンタリー映画を構成し、スペイン市民戦争とその傷跡を浮かび上がらせます。ひとつひとつの証言は多様で、社会の煩雑さを垣間見るよう。トリーシャ・シフ監督の言葉を借りれば、「3人の写真家の伝記映画を作るよりも複雑」。まさに、とほうものない事実をフィルムにまとめる大きな挑戦だったようです。

考えてみれば、真実の形はいつも多様で複雑。「勧善懲悪」といった単純で明快なことはほぼないに等しいのが実社会であり、ありのままを伝えること、知ることは、ときにとても気が重く、厄介な作業です。では複雑で面倒なことならスルーしてしまえばいいのか? 映画は私たちに問いかけます。
「(映画は)自分は何者かという問いや、亡命、喪失、歴史との決着など普遍的なテーマで、スペインやメキシコだけが体験したことを越えています」。パンフレットに書かれた監督のメッセージが心に刺さります。『メキシカン・スーツケース』は観る人への挑戦でもあるかのようです。

原題:THE MEXICAN SUITCASE 2011年/86分/16:9/Color・B&W
スペイン・メキシコ合作
監督:トリーシャ・ジフ 撮影:クラウディオ・ローシャ 編集:ルイス・ロペス
音楽:マイケル・ナイマン
公式ホームページ: http://www.m-s-capa.com/
©212 Berlin/Mallerich Films
Magnum Photos/International Center of Photography, NY

★2013年8月24日(土)より新宿シネマカリテほか全国順次公開

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