チェロ奏者カザルスの本 その3

『パブロ・カザルス 喜びと悲しみ』の全編を通して、眩しいほどの光を放っているのは、なんといっても「カザルス語録」ではないかと思います。ときにスペイン人らしいシニカルな笑いを交えたカザルスの言葉は、21世紀の現代に生きるわたしたちの心にもそのまま届きます。

スペイン市民戦争はもとより、第一次大戦をふりかえり「この戦争は民主主義をひろげていくために世界を安全にするためだと、人々は言い含められた」といった証言はいま、とても興味深く読むことができます。「人間はこんなことのために創造されたのか」と嘆くカザルスは、自分のするべきことを考えます。

世界的なチェロ奏者としてたくさんのオファーを受けるカザルスが選んだ行動は、正義と自由のために、愛する祖国からの亡命生活と、独裁国家はもとより、間接的にでもそれを支える国での公演招致は受け付けないという強固な姿勢でした。カザルスの音楽を愛し、その理想を支持するたくさんの音楽家たちは、芸術の「引きこもり」を惜しみ、「出て来ないなら、こちらが行くまで」と、カザルスが亡命生活を送るフランス・プラードで盛大な「バッハ音楽祭」(1950年)を催します。これがのちの「ブラド・カザルス音楽祭」です。

数々の名言を残したカザルスですが、ここでは、カザルスに「喜びと悲しみ」をもたらした「スペイン」や生まれ故郷である「カタルーニャ」、そして「音楽」についての賛美の言葉を少しだけ紹介しておしまいにします。

目を閉じると、サンサルバドルの海と砂浜に小さな漁船がよこたわる海岸沿いの村シッチェス、タラゴナ地方のぶどう畑とオリーブの森とざくろの林やリョブレガト川とモンセラートの峰々が見えるのだ。

この修道院は世界で最も驚くべき僧院の一つである。バルセロナに近いその背景が素晴らしい。・・・峨々たる峰が、巨大な大聖堂の尖塔のように空に突き出ているのだ。これほど荘厳で、人の心を奮い立たせる山を私は知らない。※モンセラット修道院について

中世のわが国の憲法には、カタロニア人民がその支配者に呼びかけた、つぎの言葉が出ている。「われわれは一人一人はあなたと同等である、そしてわれわれすべてが一緒になればあなたより偉大である」。早くも十一世紀にはカタロニアは戦争の放棄を要求する議会を招集したのだ。

過去八十年間、私は、一日を、全く同じやり方で始めてきた。・・・バッハの「前奏曲とフーガ」を二曲弾く。・・・バッハを弾くことによってこの世に生を享けた歓びを私はあらたに認識する。人間であるという信じがたい驚きとともに、人生の驚異を知らされて胸がいっぱいになる。日ごとに新しく幻想的で想像を絶するものだ。こういうところがバッハで、自然と同じように一つの奇跡である。

クスッと笑ってしまう、スペイン人らしい自虐ネタも。

励ましは母とエンリケと、わずか数人の友人だけだった。友人のある者ですら、戦いをこれ以上続けるのはドン=キホーテ的だと言った。だが、ドン=キホーテもスペイン人だった。

最後に、召集令状が届いたカザルスの弟エンリケにむけられた、パブロ・カザルス最愛の母の言葉もひとつ。

おまえは人を殺すためにも、人から殺されるためにも生まれてきたのではない。この国から逃げなさい

屈強なカタラン人のDNAと、母親ゆずりの聡明な意思。20世紀最大のチェロ奏者は、チェロを武器に他者のために戦う稀代の音楽家としても後世にたくさんのものを残したように思います。

あ〜(汗)、長々と書き連ねてしまった感想にお付き合いくださり、ありがとうございました。

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