「未来への遺産~写真報道の理念に捧ぐ」展

最高気温に迫りそうな8月の一日。甲府盆地を越えて八ヶ岳のトウモロコシ畑の奥の清里フォトアートミュージアムへ行ってきました。さすが清里。爽やかな風に包まれていました。

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きっかけは、懐かしい友人から送られてきた1枚のパンフレット。昭和を代表するカメラマン、細江英公氏が館長を務める清里フォトアートミュージアム「K・MoPA ケイ・モパ」の開館20周年を記念した「未来への遺産~写真報道の理念に捧ぐ」展のパンフレットでした。

「未来への遺産~写真報道の理念に捧ぐ」展は、1967年ニューヨークを皮切りに、東京をはじめ世界各地を巡回した展覧会“The Concerned Photographer(時代の目撃者 ― コンサーンド・フォトグラファー)”をベースにしたものだそうで、アンドレ・ケルテス、デイヴィッド・シーモア、ロバート・キャパ、ワーナー・ビショフ、ダン・ワイナー、レナード・フリードら6人の161点が展示されていました。

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戦後70年にあたる今年。「写真」は何ができるのか? 「戦争」とはなにか? そういった問いかけに向き合った展覧会。ちょっと長いのですが、パンフレットの紹介文をそのまま引用します。

近代写真表現のパイオニア、アンドレ・ケルテス。ケルテスは、1930年のパリで、同郷の若きロバート・キャパを支えました。そして、彼らの精神に共感した、ワーナー・ビショフ、ダン・ワイナー、レナード・フリード。これらの6人の写真家は、センセーショナルな物事に限らず、日常の営みの中にこそ見える人間性、社会の少数派が正義と平等を求めるささやかな闘いに心を寄せ、その土地の特徴的な暮らしに寄り添いながら撮影することを目指しました。本展の副題には、報道写真という言葉の持つ印象から少し離れ、あえて馴染みのない「写真報道」という言葉を用いています。撮影の対象が、戦争であれ、自然であれ、日常生活であれ、写真家自身が、人間が生きることの真価を力強く表現した写真を撮ること。それを、私たちは「写真報道」の理念と表現しました。(中略)
本年は、第二次世界大戦の終結から70年。戦争とは何かという問いに、私たちは今後も向かい合わなければなりません。社会と深い関わりを持つ写真家にはどのような仕事ができるのか、写真にはどんな力があるのか、そして、美術館として写真と写真家をどう支えて行くのか。K・MoPAの指名は、これらの写真を公開し、未来への遺産として次世代へつないで行くことを考えています。

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今回、特別に楽しみにしていたのは、ロバート・キャパとともに内戦中のスペインへ渡った、デイヴィッド・シーモア通称シムの写真。これは想像以上でした! みずみずしい視点を持つ、訴求力のある写真。小さな説明書きにはナイスなコメントが書かれていて、「地中海沿岸地方と恋に落ちたシーモア」ですって。ますます素敵です。

アンドレ・ケルテスは学生の頃大好きだったカメラマンのひとり。改めてプリントを眺めると、アーティスティックな画面構成やブラックの奥行き、ホワイトの効果は色褪せることなく魅力的であることに驚かされました。そして、作品ひとつひとつに付けられた、本人から頂いたらしいコメントが情緒豊かでキュートで。まるで上質なエッセイを読んでいるかのよう。

また、圧巻はワーナー・ビショフの「ハンガリー」。語りかけてくる瞳に胸が詰まる1枚の写真。小さな子どもの、寄る辺のない悲しみが、とんでもない美しさで迫ってきます。

「写真報道」というものの矜持と果てしない表現力。そのベースとなる「報道」は、声なき少数派の代弁であってほしいという願いを強くしたものです。

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◆清里フォトアートミュージアム
「未来への遺産~写真報道の理念に捧ぐ」展 〜9月30日(水)

■過去ブログ『ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家』展

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